第01話|音楽迷子のはじまり──”音で自由に遊びたい”と願った私

音楽を始めたその日から

どこか 違和感がありました

──音で自由に遊びたかったはずなのに

気がつけば 迷子になっていた

目の前にある“音楽”と

本当にやりたい“音楽”が

はじめから どこか違っているような感覚

でも その「ずれ」が何かもわからず

言葉にも できませんでした

──

生まれる前から 私は

音に やさしく包まれていた

母のおなかの中で聴いた

ポール・モーリアの音楽

父が買った『胎児は見ている』という本の影響で

音楽を聴かせてくれていたそうです

生まれてからもその音に包まれて

ラッパのおもちゃに夢中になり

よだれで3本 ダメにしてしまったとか

英語のまま観ていた白雪姫のビデオでは

白雪姫と小鳥たちや王子さまが 歌で会話していて

「いつか私も 歌で

小鳥たちや王子さまと 話せるようになる」

そう信じていました

そして私が 初めて“衝撃”を受けたのは

私にとっての初めての生演奏──

3歳のころ 誰かがくれたオルガンで

父が弾いてくれた

「猫ふんじゃった」

音が まるで

ピエロが

カラフルなボールでジャグリングしているように見えて

「私も 音で自由に遊べるようになりたい!」

そう思ったのです

それが私にとっての

「音楽」のはじまりでした

──

けれど4歳になってピアノを習い始めると

その“音楽”は 私がやりたかった音楽とは

まったく違っていました

音で自由に遊びたかっただけなのに

決まった譜面通りに弾くことが「音楽」だと教えられて

本当の気持ちは言葉にできず

気づけば胸の奥に 押し込めていました

そんな中で ひとつだけ好きだった時間がありました

幼稚園で習った歌を 家でピアノで弾いていると

母が

「右手がこの音のときは 左手はこう弾くんだよ」

と教えてくれました

あの時間だけは

音楽と 笑顔がつながっていました

そして 幼稚園のときのもうひとつの記憶──

保険屋さんがくれた 資料の裏側に

「魚座のあなたは〜」と書かれているのを見て

「なんで 初めて会ったのに 私のこと知ってるの?」

そう思って とても驚きました

そんな ふしぎな感覚が

そっと心に芽生えたのを 今も覚えています

──

小学生になる頃には

音楽が“好き”という気持ちを 見失っていました

──

ピアノは なぜか まわりよりも弾けてしまって

得意なものになっていて

褒めてくれる先生もいたけれど

嫌がらせをされることもあって

気づけば ひとりぼっちになっていました

そして なにより

目の前にある音楽が

全然 おもしろくなかったのです

鍵盤の上には

まだ知らない誰かの期待や

決められた「正しさ」が

ずしりと 置かれていました

──

そんな日々の中で 私には もうひとつ──

夢中になっていたことがありました

それは 「伝記」を読むこと

市内の図書館にある 一番やさしい伝記シリーズと

漫画版の伝記を すべて読みました

そして

同じ時代に生まれても 場所が違えば

まったく違う物語になること

同じ音楽家でも 時代が違えば

まったく違う物語になること

私と弟たちも

同じ家に生まれたのに

好きなものも 感じ方も まるで違っていて──

これは 私が主人公の物語なんだ!

私の人生の物語の続きを 早く知りたい!

人生の仕組みを知りたい!

そう思いました

──

ピアノの先生は 背が高くて

手も大きく 音も大きかったけど

私の小さな手では

音が 思うように 出せなかった

その違いに

ピアノという楽器に

限界を感じていました

──

そんなある日 友人から

「流行りの曲を弾いて」と言われたことがありました

弾けないと伝えると

「こうやって弾くんだよ」と

友人は譜面もなく 好き勝手に弾いていました

私は

「こんなの音楽じゃない」と思ったけれど

同時に 譜面がないと弾けない自分に気づきました

──

だから 10歳のときに

「もう 一生 音楽なんてやらない」と

ピアノを やめ

──私は 音楽の扉を閉めました

もう 二度と開けないつもりで──

あの頃の私には

あの鍵盤の上に

“自由に遊ぶ”という感覚は ありませんでした

ピアノの前では 音が湧き出てくることは なかったのです

──

でも今思えば

鍵までは かけていませんでした

オカリナや横笛も

指づかいなんて 調べたこともなかったけど

気がついたら 吹けていて

組み立て方もよくわからなかったフルートでさえ

なんとなく手にして 吹いていた

誰に言われたわけでもなく

泉のように湧き出てくるうたを

そのまま吹くのが ただただ楽しくて──

音楽をやめたはずの私は

ほんとうはずっと

“音で自由に遊びたい”という気持ちを

手放せずにいたのかもしれません

──その願いは 今もそっと

私の中の泉から 湧きつづけています

そして私は その音をたよりに

また 歩きはじめています

*次回|第2話へつづく*

問い編の記事はこちら

→ 泉にふれる問い

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→ 音楽迷子の記憶

現在編の記事はこちら

→ JAZZ OBOEの旅の途中

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この記事を書いた人

音楽迷子を経て──
自分らしさに還る旅の途中

湧き出てくる音楽と
五感を癒す空間を感じながら

JAZZを学び
リードのまわりの小物たちをつくる日々

音と暮らしの中に
私だけのリズムを見つけていく旅

これは
JAZZとリードと
私の“泉”の記録です