音楽を始めたその日から
どこか 違和感がありました
──音で自由に遊びたかったはずなのに
気がつけば 迷子になっていた
目の前にある“音楽”と
本当にやりたい“音楽”が
はじめから どこか違っているような感覚
でも その「ずれ」が何かもわからず
言葉にも できませんでした
──
生まれる前から 私は
音に やさしく包まれていた
母のおなかの中で聴いた
ポール・モーリアの音楽
父が買った『胎児は見ている』という本の影響で
音楽を聴かせてくれていたそうです
生まれてからもその音に包まれて
ラッパのおもちゃに夢中になり
よだれで3本 ダメにしてしまったとか
英語のまま観ていた白雪姫のビデオでは
白雪姫と小鳥たちや王子さまが 歌で会話していて
「いつか私も 歌で
小鳥たちや王子さまと 話せるようになる」
そう信じていました
そして私が 初めて“衝撃”を受けたのは
私にとっての初めての生演奏──
3歳のころ 誰かがくれたオルガンで
父が弾いてくれた
「猫ふんじゃった」
音が まるで
ピエロが
カラフルなボールでジャグリングしているように見えて
「私も 音で自由に遊べるようになりたい!」
そう思ったのです
それが私にとっての
「音楽」のはじまりでした
──
けれど4歳になってピアノを習い始めると
その“音楽”は 私がやりたかった音楽とは
まったく違っていました
音で自由に遊びたかっただけなのに
決まった譜面通りに弾くことが「音楽」だと教えられて
本当の気持ちは言葉にできず
気づけば胸の奥に 押し込めていました
そんな中で ひとつだけ好きだった時間がありました
幼稚園で習った歌を 家でピアノで弾いていると
母が
「右手がこの音のときは 左手はこう弾くんだよ」
と教えてくれました
あの時間だけは
音楽と 笑顔がつながっていました

そして 幼稚園のときのもうひとつの記憶──
保険屋さんがくれた 資料の裏側に
「魚座のあなたは〜」と書かれているのを見て
「なんで 初めて会ったのに 私のこと知ってるの?」
そう思って とても驚きました
そんな ふしぎな感覚が
そっと心に芽生えたのを 今も覚えています
──
小学生になる頃には
音楽が“好き”という気持ちを 見失っていました
──
ピアノは なぜか まわりよりも弾けてしまって
得意なものになっていて
褒めてくれる先生もいたけれど
嫌がらせをされることもあって
気づけば ひとりぼっちになっていました
そして なにより
目の前にある音楽が
全然 おもしろくなかったのです
鍵盤の上には
まだ知らない誰かの期待や
決められた「正しさ」が
ずしりと 置かれていました
──
そんな日々の中で 私には もうひとつ──
夢中になっていたことがありました
それは 「伝記」を読むこと
市内の図書館にある 一番やさしい伝記シリーズと
漫画版の伝記を すべて読みました
そして
同じ時代に生まれても 場所が違えば
まったく違う物語になること
同じ音楽家でも 時代が違えば
まったく違う物語になること
私と弟たちも
同じ家に生まれたのに
好きなものも 感じ方も まるで違っていて──
これは 私が主人公の物語なんだ!
私の人生の物語の続きを 早く知りたい!
人生の仕組みを知りたい!
そう思いました
──
ピアノの先生は 背が高くて
手も大きく 音も大きかったけど
私の小さな手では
音が 思うように 出せなかった
その違いに
ピアノという楽器に
限界を感じていました
──
そんなある日 友人から
「流行りの曲を弾いて」と言われたことがありました
弾けないと伝えると
「こうやって弾くんだよ」と
友人は譜面もなく 好き勝手に弾いていました
私は
「こんなの音楽じゃない」と思ったけれど
同時に 譜面がないと弾けない自分に気づきました
──
だから 10歳のときに
「もう 一生 音楽なんてやらない」と
ピアノを やめ
──私は 音楽の扉を閉めました
もう 二度と開けないつもりで──
あの頃の私には
あの鍵盤の上に
“自由に遊ぶ”という感覚は ありませんでした
ピアノの前では 音が湧き出てくることは なかったのです
──
でも今思えば
鍵までは かけていませんでした
オカリナや横笛も
指づかいなんて 調べたこともなかったけど
気がついたら 吹けていて
組み立て方もよくわからなかったフルートでさえ
なんとなく手にして 吹いていた
誰に言われたわけでもなく
泉のように湧き出てくるうたを
そのまま吹くのが ただただ楽しくて──
音楽をやめたはずの私は
ほんとうはずっと
“音で自由に遊びたい”という気持ちを
手放せずにいたのかもしれません
──その願いは 今もそっと
私の中の泉から 湧きつづけています
そして私は その音をたよりに
また 歩きはじめています
