第02話|何気なく覗いた扉の向こうに──まだ名前も知らなかった音が待っていた

小学生のころ

私はバドミントンが好きで

6年生では部長もやっていました

だから 中学では

当然バドミントン部に入るつもりでした

でも

中学最初に仲良くなった友だちが

「一緒に吹奏楽部を見に行こう」と誘ってくれて

何気なく ついて行きました

──そこにいたのは

学校で一番美人な先輩

その先輩が吹いていたのが

オーボエという楽器でした

「一緒にオーボエやろう?」

美人な先輩に教えてもらえるなら──

気づけば 音楽の扉が開いていました

⸻

初めて見た楽器

楽器の名前も知らなかったので

出会ってから数日間は

「口のところがストローみたいな楽器」

と言っていました

吹いてみると

すごく楽しかったです

でも

リードの使い方はめちゃくちゃで

毎日のように母が新しいのを買いに走っていました

そんな中

初めて自分の楽器を買ってもらったとき

製造番号が「777」だったんです

当時はそれが製造番号だとは知らず

ラッキーナンバーなので

お守り的な感じで

みんなの楽器にも777と

掘ってあると思っていました

⸻

中学2年のある日

私は義務教育が中学までだと知りました

つまり

卒業すれば 進路は自由に選べるということ

この頃

授業で 初めてアフリカの音楽を聴きました

今まで聴いたことのなかった音楽

私の知っていた“音楽”とは まるで違う

もっと 原始的な 音

でも その音楽が 

なぜか 引っかかっていて──

「アフリカに行って

原点にある音楽を 学びたい!」

そう 思いました

でも 母には

1年間ずっと 反対され続けました

無邪気なその調子のまま

今思えば 反対されて当然だったのかもしれません

⸻

そんなとき──

ちょうど中学2年の終わりに

音楽の先生が定年退職を迎えることに

「中学を卒業したら

俺のオケに来い

海外に連れてってやる」

そう言ってくれた先生の言葉に

海外に行けるなら

アフリカじゃなくても いいのかも

そう思いました

ちょうどその頃

上の弟は 野球の遠征で

すでに 2度も海外を経験していて

私も 海外に行ってみたい──

その想いに背中を押されて

高校に進むことを 選びました

まだ知らなかった

この音が いつか

“迷子の私”を 導いてくれるなんて──

*次回|第3話へつづく*

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→ JAZZ OBOEの旅の途中

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この記事を書いた人

音楽迷子を経て──
自分らしさに還る旅の途中

湧き出てくる音楽と
五感を癒す空間を感じながら

JAZZを学び
リードのまわりの小物たちをつくる日々

音と暮らしの中に
私だけのリズムを見つけていく旅

これは
JAZZとリードと
私の“泉”の記録です