オーボエを中心とした毎日に
いつしか慣れていった頃──
新たな経験が 私を待っていました
高校2年の春休み
オーケストラの演奏旅行で ドイツへ行くことになりました
私が参加していたジュニアオーケストラは
年下でも上手な子が多く
どこかで違和感を感じながらも
一緒に 演奏をしていました
でもやっぱり つらくなって
練習をサボっていたら
先生の奥さまから 電話がありました
「主役が来ないってどういうことですか!?」
母が 私の代わりに 叱られてくれました
──私が 主役!?──
私はもちろん
電話を受けた母も 驚いていました
ちょうどその頃
私は《19(ジューク)》というアーティストが好きで
「音楽」という曲をよく口ずさんでいました
♪ 音楽で話そう 言葉なんて追い越してさぁ…
この地球(ほし)の音楽(ことば)で…
──
ドイツでの最初の演奏会場は
テディベアのふるさと・ギーンゲン
このとき吹いていたのは
久しぶりの ジャーマンスタイルのリードでした

ギーンゲンの街は
本当におとぎの国のような街で
夢みたいに可愛くて
まるで物語の中に迷い込んだようでした
シュタイフ社の
テディベア工場の見学もありました
でも──
テディベアたちは想像以上に固くて
ちょっとびっくり
うさぎやサメのぬいぐるみもあったけれど
私の大好きなうさぎも、手足が長すぎて ちょっと──
そんな中
やっと見つけたのです──
柔らかくて、しっくりくる
「この子しかいない」と思える
私のお気に入りの子に♡
──
そしてドイツでの
初めての演奏会のリハーサルで
現地のエキストラで参加してくださっていた
オーボエ奏者の方が 私に何かを伝えようとしていました
けれど 言葉がわからず
私は ただ困っているだけ
するとその方は
吹いてくれました──
言葉ではない 音で
すべてを教えてくれたのです
私は そのひと吹きで すべてが伝わってきたことに
ただ 驚いていました
──本当だったんだ──
音楽は ことばを超えてつながるもの
そう教えてくれたのは
ドイツのオーボエ奏者の たったひと吹きの音でした
──
現地で一緒に演奏してくれた
オーボエ奏者の家に
私はホームステイしていました
日本人だからと
バスタブのあるお風呂を使わせてくれたり
言葉は通じなくても
一生懸命 笑わせてくれたり──
本当に あたたかくて
たのしい時間でした
──
でも 家を出発したあと
私は ずっと 泣いていました
もう 一生会えないと思っていたから
それくらい
心に残る経験だったのだと思います
けれど──
次の演奏会場に着いたとき
なんと 彼はそこでも
エキストラとして 演奏していて
私は また会えたことに
びっくりして
うれしくて
もう一度 泣いてしまいました
──
当時の私は
大学に行くなんて考えてもいなくて
将来の夢は「大好きな人のお嫁さんになること」でした
けれど
周りはみんな 大学に進学するのが当たり前で
そんな環境の中で
少しずつ 心の中に芽生えていったのです
──本当にやりたい音楽を 見つけるために大学に行こう と
