小学生のころ
私はバドミントンが好きで
6年生では部長もやっていました
だから 中学では
当然バドミントン部に入るつもりでした
でも
中学最初に仲良くなった友だちが
「一緒に吹奏楽部を見に行こう」と誘ってくれて
何気なく ついて行きました
──そこにいたのは
学校で一番美人な先輩
その先輩が吹いていたのが
オーボエという楽器でした
「一緒にオーボエやろう?」
美人な先輩に教えてもらえるなら──
気づけば 音楽の扉が開いていました
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初めて見た楽器
楽器の名前も知らなかったので
出会ってから数日間は
「口のところがストローみたいな楽器」
と言っていました
吹いてみると
すごく楽しかったです
でも
リードの使い方はめちゃくちゃで
毎日のように母が新しいのを買いに走っていました

そんな中
初めて自分の楽器を買ってもらったとき
製造番号が「777」だったんです
当時はそれが製造番号だとは知らず
ラッキーナンバーなので
お守り的な感じで
みんなの楽器にも777と
掘ってあると思っていました
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中学2年のある日
私は義務教育が中学までだと知りました
つまり
卒業すれば 進路は自由に選べるということ
この頃
授業で 初めてアフリカの音楽を聴きました
今まで聴いたことのなかった音楽
私の知っていた“音楽”とは まるで違う
もっと 原始的な 音
でも その音楽が
なぜか 引っかかっていて──
「アフリカに行って
原点にある音楽を 学びたい!」
そう 思いました
でも 母には
1年間ずっと 反対され続けました
無邪気なその調子のまま
今思えば 反対されて当然だったのかもしれません
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そんなとき──
ちょうど中学2年の終わりに
音楽の先生が定年退職を迎えることに
「中学を卒業したら
俺のオケに来い
海外に連れてってやる」
そう言ってくれた先生の言葉に
海外に行けるなら
アフリカじゃなくても いいのかも
そう思いました
ちょうどその頃
上の弟は 野球の遠征で
すでに 2度も海外を経験していて
私も 海外に行ってみたい──
その想いに背中を押されて
高校に進むことを 選びました
まだ知らなかった
この音が いつか
“迷子の私”を 導いてくれるなんて──
